「天剣の宗次郎」外伝 『下巻』〜明日のために…〜 行き倒れ寸前の宗次郎を助けてくれた茜と言う少女…その少女を守ろうとする父親… 強い者は生き…弱い者は死ぬ… かつて、志々雄真実はそう言った…その言葉を信じ…生きて来た宗次郎は… 不殺(殺さず)の剣に破れ…見知らぬ村へと流れ付く… 何が善で…何が悪なのか…見定めるべく…宗次郎は今日も行く…… 茜親子に助けられ、そこに居座る事三日…宗次郎は黙々と茜の父の手伝いをしていた… 「あんた…いつ出て行くんだ…?」 おいおい…いつまで居るんだお前は…と言わんばかりのしかめっ面で呟く茜… 「あ…やっぱりおじゃまですかねー…はは…」 宗次郎はいつもながらのさわやかな笑顔で答える… まったくこの男…何がそんなに楽しいのかさっぱり解らない茜であったが… 今一番気に掛かるのは…自分の行く末と…それを案じてくれる父親の事だろう… 「…はっきり言ってじゃまだわ。」 「あれー?…はは」 頭をポリポリかき…冷や汗を流しながらも少女の…ふ…とした寂しそうな表情を、 宗次郎は見逃さなかった… 「…心配しなくても志々雄一派を倒したら出て行きますよ」 そう言うと宗次郎は満面の笑みをこぼした…が、 「まだそんな事言ってるだか!あんたがかなう相手でねー!」 そう一括すると茜は…プイ、と横を向いてしまった… 少しびっくりした様な表情を見せた宗次郎ではあったが…すぐにニコニコ顔を取り戻し 茜の方を向いて上機嫌と言う素振りを見せ、またまたせっせと仕事に勢を出す… それをちらっと…横目で見ながら自分がどんな顔をすれば良いのか戸惑う茜… 何故かこの男…宗次郎には嫌われたく無いと言う感情がふつふつとわき上がり… 茜は意を決して話しかける… 「あんたさー…何で旅なんかしてるんだ…?」 それでも素っ気ない言葉しか出ない茜に…それでも優しく答える宗次郎… 「それはですね……いや〜自分でも良く解らないんですよ〜はは…」 と…またもや頭をポリポリする宗次郎であった… そんな宗次郎を一瞬、本当のバカかもしれない…と本気で思った茜ではあったが… その時は何故か無性に可笑しくて…思わず吹き出してしまった… 「ぷっ…はは〜…くく…うぐ…けへっ!」 そんな茜をしばらく惚けた顔で眺めていた宗次郎だが…その内自分も可笑しくなって… 一緒に笑い出す… 「あははは〜」 そこには…自分の命すら明日おも知れない娘とは思えない笑い声と…本当に楽しそうな 男の笑い声がいつまでも響き渡っていた…… 朝方…まだ日も上がらない闇の中…宗次郎は家の戸を開ける… 振り向きざまに茜の寝ている方へ…ふと、目をやりニコっと笑う… そして男は、闇の中に姿を消した… 茜が住む村から少し歩き…森を抜けるといかにも、と言わんばかりの洞窟がある… そこには篝火が焚かれ…見張りらしき男が二人…宗次郎は音も立てずにその男の前に立つ… その男達が気付くか気付かないかの内に男達の意識は闇へと誘(いざな)われた… そして、次々と男達が倒れる…指一本動かす暇も無く… やがて…志々雄と名乗る男の前に宗次郎は立つ… 「…あなたが志々雄さんですか?」 そう言われ、眠りから覚めた男が見た者は…さわやかなニコニコ顔の少年では無く… 元…十本刀最強と言われた『天剣の宗次郎』そのものであった… 「ひぃ!」 男は小さく悲鳴を上げた瞬間…またもや男の意識は闇へと沈む… 『瞬天殺…』 だが…宗次郎は刀では無くそこら辺に落ちていた棒きれを握り締めていた… 一通り自称、志々雄一派を縛り上げ…すっかり朝日が上がった洞窟の外へ出て見る… …そこで出会った者は…さすがの宗次郎も面を食らった… 「生きていたんですか…」 「ふん…そう嫌そうな顔をするな…」 そこには…くわえタバコの長身… 元新撰組三番隊組長…斎藤一 が立っていた… 「やだな〜嫌そうな顔なんかしてませんよ〜斎藤さん」 いつものニコニコ顔で答える宗次郎… 「…今は藤田五郎だ…」 斎藤は、素っ気なく言い放つ… 「…で、僕に何か用ですか?…言っておきますが、僕は仲間にはなりませんよ…」 言って宗次郎は山賊まがいの男達が持っていた刀を拾い上げる… 一方…茜は、宗次郎が寝床に居ない事に気付き…いも言われぬ不安に襲われていた… 「…まさか…あいつ…」 「そっただ事はね〜…また旅立っただよ…茜」 父親の言葉に…ふと…そうかも知れない…と思ったが、居ても立ってもいられず… 茜は自称、志々雄一派の洞窟へと走り出す… 「こら、茜!…何処行くだ!!」 そう叫ぶと茜の父親も後を追う… 「ふん…そういきり立つな…今日はお前に用は無い」 そう言われても…宗次郎は構えを解こうとはしない… いつものニコニコ顔では有ったが…目つきは真剣であった… 「ほう…依然よりも感情が出て来たか…」 タバコを吹かしながら斎藤は言う… そして森の方に目をやり、話しを続けた… 「今日は…志々雄の名を騙るアホウを捕まえに来ただけだ…ま、その手間ははぶけたがな… お前、女が出来たか…」 その言葉に…宗次郎は構えを解いた…斎藤に言われたからでは無い… 茜の気配を感じたからだ… 「宗次郎〜!!」 茜が今にも泣きそうな顔をして宗次郎に駆け寄る… 「あれ〜…茜さん、僕のこと名前で呼んでくれるんですか〜?」 そこには…いつものさわやかな笑顔をする少年が戻っていた… 「バカ!…なんでこっただ危ない事するだ!」 茜は…すでに、大粒の涙を流し…それでも気丈に振る舞おうとしている… そんな姿を見るにつけ…宗次郎は心からの笑みがこぼれる… …だがその笑みは…どことなく寂しそうに見えた… 「いや〜僕が来た時には、この警官さんがみんなやっつけた後で〜…ね?」 と…宗次郎は斎藤を見る… 「…ふん…」 不機嫌そうにそう言い放ち…そして茜の方を向き、続けた… 「安心しろ、こいつらは志々雄一派なんかじゃ無い…そこのアホウで十分だ」 間髪入れずに宗次郎が… 「あれ〜…ひどいな〜…あはは」 そんなやりとりを見ていた茜は…一気に安心したらしく、宗次郎の足下へへたり込む… そして…我慢していた涙が頬をつたう… 「うぐ…ひっく…うぅ…ぐ…」 「あれ〜嫌だな〜何泣いてるんです?…茜さん」 「バカ…うぐ…バカ〜!…うぅ…」 茜にはもうその言葉しか使う事が出来なかった…何故バカなのかは茜にも分からない… だが、この…心が押しつぶされそうな感情の高ぶりが『恋』だと言うのなら… 茜は間違いなく宗次郎に恋をしていた…その気持ちは茜自身、認めざる終えなかった 様だ…だが…宗次郎は静かに背を向ける…… 「…!」 茜の鼓動が早くなる… 「茜さん…すいません…僕には確かめ無ければならない事が有るんです…」 …しばらく茜は下を向いたままだったが…静かに顔を上げ、涙をぬぐう… 「…うん」 そう言い…コクンと首を縦に振る茜…しかし、茜の顔にはぬぐったはずの涙が後から… 後から流れ落ちる…そして宗次郎は歩き出す… 「…あたし、待ってるから!…」 精一杯の作り笑いを見せる茜…宗次郎は振り向きざまに… 「また…来ますよ」 と微笑む…それは志々雄真実と出会う前…まだ宗次郎が両親と暮らしてる時… 母親に呼ばれた時に見せていた微笑みなのだと言う事は誰も…宗次郎自身すら… 気付いていない事なのだろう…… 「ふん…アホウが…」 完 |